「あー!もう勉強ヤダヨー!」
夕方の教室から聞こえる声、1年C組片桐姫子の声。
「ほら、早く問題集終わらせないと帰れないぞ」
姫子の隣でめんどくさそうにつぶやく人物、桃瀬修。
「だってぜんぜんわかんないんだもん!」
「ここさっき教えたところだろ?よく考えてみろよ・・・たまねぎほしいのかな?片桐さんは・・・」
「ガンバルカナー!!!」
「やれやれ・・・」
(はぁ・・・こんなこと引き受けるんじゃなかった・・・)
なぜ彼が学校を代表するアホ娘に勉強を教えてやっているのかというと・・・
数ヶ月前
「桃瀬!一生のお願いだ!」
「・・・なんですか?宮本先生・・・」
突然A組に乗り込んできて研究所に連れ去られたと思えば出てきた言葉がこれ。
「姫子を・・・救ってやってくれ!」
次に出てきた言葉がこれ。まったくさっぱりだ。
「どういうことですか宮本先生?」
いろいろつっこみたいことがあったがとりあえず話を聞いてみよう・・・
「あいつ・・・このままだと進級できない!あいつは知ってのとおり天下無双のアホだ!このままだと留年間違いなしだ!天才の私が
言うんだからほぼ間違いない!それにもう一回一年生をやるというなら姫子の担任になった先生がかわいそうだ!!それにムグっ」
「先生!おちついて!」
修はとっさにベッキーの口を押さえた。これ以上聞くと悲しくなるよ・・・
「すまん・・・取り乱したりして悪かった。」
「いえ、いいんですよ。それより俺にお願いって何ですか?」
「ああ・・・あいつに・・・姫子に勉強を教えてやってくれないか?」
唐突な質問に戸惑いながら答えを返す修。
「え?でも・・・それなら先生のほうがいいんじゃないですか?なんてったって天才だし・・・」
「いや、私だとあいつは甘えてしまう。たぶん逆効果だと思うんだ。だから桃瀬たのむよ!
この前おまえに補修押し付けたことあったろ?あのあと姫子の成績がほんの少し、ほ〜んの少しだけど上がったんだ!
姫子もおまえの教え方解かり易いって言ってたんだ!」
「宮本先生・・・」
「迷惑なのはわかってる!でも・・・あいつをみんなと一緒に進級させてあげたいんだ・・・たのむ桃瀬。このとおりだ!」
深く頭を下げるベッキーに対して修はもう何も言えなかった。正直面倒だと思ったがこんな小さな子に頼まれたなら男として断れない。
「・・・わかりました。できるだけやってみますよ。宮本先生」
「本当か桃瀬!ありがとう!じゃ早速今日からがんばってくれよなじゃあなーC組使っていいから施錠よろしくそんじゃねー!」
さっきまでの深刻な声とは裏腹に妙に明るい声で一気にまくし立てて颯爽と立ち去るベッキー。
「・・・まさか俺・・・やられた・・・?」
確実にやられてます。本当にありがとうございました。
そして現在に至る。
「ねえ!ねえってば!聞いてるのカナ?桃瀬君!」
「ん・・・ああ聞いてるよ・・・どうしたの?」
少しばかりトリップしていた修。よほど後悔しているのか・・・
「ここはどういう風に解くのカナ?」
「ああ・・・ここはこうして・・・こう・・・ほら、簡単だろ?」
「ナルホドーさっすが桃瀬君!」
今だから少し教えただけでも理解できるようになった姫子だが、(常人の半分ぐらいのスピードで)
最初のほうはかなり酷いものだった。
居眠りはあたりまえ。お菓子は食うわ漫画よむわさらには脱走。そんな彼女をここまでにするのはかなりの忍耐と根性が必要だった。
いまではことの重要性がわかったのかまじめに勉強してくれている。
「デキタヨー!これでおうちに帰れる!桃瀬君おつかれさまー!」
「おつかれさん。・・・と・・もう真っ暗だな。」
「アララほんとだ!今日はいつもより多めに勉強したから・・・・・・」
いきなり固まる姫子。心配して声をかける修。
「どうしたの片桐さん?・・・今日はがんばったから疲れちゃったかな?」
「・・・・桃瀬君・・・ごめんネ?・・・私のせいでこんなに遅くまで・・・」
「いいよ。その分テストでがんばってくれればね♪」
姫子の顔が一瞬だけ暗くなったが、修の一言ですぐに明るくなる。ああ、この子は本当に純粋だなと思う。
何度も見てきた。時たま見せる無邪気な顔。問題がわからなくて泣きそうな顔。そういう顔、悪くない・・・
何度もやめようと思ってもやめれない。その原因がこれだ。
(って何考えてんだ俺は・・・)
「・・・まあそれはそうとして家まで送っていくよ。こんなに暗くちゃ危ないだろ?」
「え!?イイヨイイヨ!!そこまでしてもらったらほんとに悪いヨ!一人で帰れるから大丈夫ダヨ!」
「だ〜め!こんな暗い中女の子を一人だけ帰らせるなんて男のすることじゃない。まあ、片桐さんを襲うやつなんてかなりの物好きだと思うけど♪」
「あ〜!桃瀬君酷い!」
「冗談だよ♪さあ帰ろう?」
二人の笑い声が校舎に木霊する。ほんとに無邪気な子だな・・・この子は・・・。
昇降口の前で靴を履き替える二人。もちろん周りには誰もいない。
「桃瀬君。」
「ん?」
「ホントはネ、私、怖かったの。私の家の周り街灯がほとんどないから真っ暗で・・・だから・・・アリガトカナ♪」
「・・・ああ、い、いいよ。男としてあたりまえのことだから・・・(なんだこれ?胸が一瞬・・・)」
「じゃあ帰ろうか?桃瀬くん!」
(まさか・・・な・・・)「おーう!」
帰り道、普段は話さない話を沢山した。桃瀬家でのくるみと学校でのくるみの違いに大笑いしたり、中学生のころの話、お互いのクラスの話など。
毎日のように会っている二人だがいつも勉強しているので、こんな話などしたことなかった。
その分会話は尽きることなく、大いに盛り上がった。
そのとき修は自分の心の変化に気づいた。
(・・どうしたんだ・・・普通に楽しい・・・柏木姉妹やほかの女子としゃべってるときよりも・・・まさか俺・・・)
しかしその考えは姫子が急に立ち止まったことで停止した。
「・・・?・・・片桐さん?」
「あ・・はは・・ね?ほんとに真っ暗デショ?・・・はは・・あの先が家なんだ・・・」
楽しい時間はすぐすぎる。どうやらもう家に着くらしい。だが
彼女の視線の先を見ると、本当に闇しかない。こりゃ俺でもぞっとする位だ。
少し震えてる姫子をみて修は、
「大丈夫。俺がいるから大丈夫だろ?さあ行こう♪」
そう言うとスッと手を差し出す修。(あれ?俺何してんだ?このままだと・・・手・・・繋ぐことに・・・)
差し出された手に少し戸惑いながらにっこりと微笑んでその手をつかむ姫子。そして・・・
「ありがとカナ。修ちゃん♪」
「え・・・修・・・・・ちゃん?」
すこし、いやかなり固まって修は喋りだす。
「うん!やっぱりさー、ずっと一緒にいるんだからさー、名前で呼んだほうがいいと思うジャン?」
「そういうもんか?」
「そうダヨー!だから修ちゃんも姫子って呼んでイイヨー♪」
「う、うん・・・じゃ・・・その・・・ひめこ・・・」
「ナニカナ?てゆうか修ちゃん恥ずかしがりすぎダヨー♪」
「なっ!・・・いいだろべつに!」
「あはははは!カワイー!キャー!!」
「まったく・・・」
暗闇の中で二人の声だけが響き渡る。傍から見れば、いや、暗闇だから見えないから
傍から聞いたらまるで恋人同士のようだ。
一通り笑ったあとに突然修が、
「・・・ところで姫子・・・もう怖くないのか?」
「・・・えっ・・・・うん・・・修ちゃんが・・・修ちゃんがいるから・・・」
急に黙り込む二人。辺りは静か、だった。
なんだか妙にうるさい。ものすごく近い場所で騒音が鳴ってるような感じ。
・・・ああ、
自分の中だ・・・
(何だよ今の・・・それに何だよこの胸のもやもやは・・・やっぱりこれって・・・・・・・)
(好きになっちゃったのかな・・・・・・・・・俺・・・・彼女のことを・・・)
しかし・・・
「「「「「がしゃーーーーーーん!!!!」」」」」
「うわっ!・・・・・・・なんだ!?」
思考は完全に途絶えた。どうやら野良猫が植木鉢を落としてしまったようだ。
「ったくびっくりさせんなよ・・・大丈夫か?・・ひめ、こ・・・・・」
隣にいたはずの姫子の姿がない。それと同時に修は胸の中に震える「なにか」を感じた。
震えながら、子供のように修にしがみつく姫子。紛れもない、想い人。
「姫子・・・ちょっ・・・・」
体が一気に沸騰したように熱くなった。胸の鼓動も次第にペースをあげていく。
(やべえ・・・そんなにくっつくなよ・・・心臓の音ばれるじゃん・・・)
とりあえず今の状況から抜け出そうと姫子にやさしく語りかける。
「ただの野良猫だよ。心配ない。植木鉢を倒したみたいだ。まったく脅かしてくれるぜ♪・・・なあ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
少しおどけて平静を装う修。だが胸の高鳴りは収まらない。しかも姫子は黙ったまま。
そればかりか姫子はさらに強く修を抱きしめる。
しばらくたってやっと姫子が口を開いた。
「修ちゃん・・・ごめんね?・・いきなり抱きついて・・・怖かったの・・・」
「あ、ああ。気にするなよ。びっくりしたもんな?」(やばい・・・上目使い・・・やばい)
「・・・・・もうちょっとこうしてて・・・いいカナ?」
「・・・・・・ああ・・・・・」(絶対心臓の音聞かれるって!・・・ああぁ)
「修ちゃん」
「どした?」(うっ)
「心臓の音、すごいカモ・・・」
「そ、そうか?」(・・・ばれた〜!!恥ずかしいいい!!)
「なんでカナ?」
「それは・・・その・・・」(どうしよう・・・)
「?あ!また早くなったヨ!教えて修ちゃん!」
「それは・・・」(あーーーー!もうどうにでもなれ!)
「それは?」
「姫子のことが好きだから!」
(言っちゃったよ・・・あーーー!もう!言った事はしょうがないんだからうじうじするな俺!!)
長い沈黙。修にとっては永遠とも思える時間だった。
この間にも二人は抱き合ったまま。姫子はまだ何も言わない。
(ああ!心臓の音収まれよ!また大きく・・・あれ?この音・・・俺だけじゃない・・・まさか・・・)
「修ちゃん」
長い沈黙を破って姫子が喋りだした。
「あのね・・・わたしも・・・ずっと好きだったカナ・・・じゃなくて、だったヨ!」
「姫子・・・本当?・・・」
(俺といっしょの鼓動だ・・・)
「ほんとダヨ〜♪私のためにあんなに頑張ってくれる人を好きにならないわけないジャン!しかも毎日ダヨ?いまどきこんな人いないヨ〜!」
「ほんとに・・・?」
「も〜!しつこいなー!!修ちゃん大好き!わかった!?・・・でも両想いでよかったヨー!
これでさらに勉強頑張れるカナー!ね?しゅうちゃ・・・」
急に姫子は黙った。
修の唇が姫子の唇を塞いだからだ。
しばらく驚いていた姫子だが、やがて修に身をゆだねて、甘い甘いキスを交わす。
その間も二人の鼓動は響き合い、それがキスを加速させる。
「ん・・・っちゅっはあっう・・・しゅう・・・・ぷはぁ・・・・ちゅ・・・・・」
明かり一つない道で、二人だけの「音」が奏でられていく。
やがて名残惜しむように唇を離すと、強く強く抱きしめあった。
「ねえ修ちゃん・・・」
「なんだ?姫子」
「教えてほしいことがあるんだ?」
「いいぞ」
「あのね、このドキドキは、いつまで続くのカナ?」
「そりゃずーとに決まってんだろ♪」
「さすが修ちゃん!何でも知ってるカナ!あとひとつ教えてほしいことがあるカナ・・・」
「ん?」
「今日パパとママ、帰りが遅いの・・・修ちゃんならそどうするか教えてほしいのカナ・・」
「じゃあ勉強するぞ」
「マ゛ーーーーー!」
「保険体育のな♪」
「修ちゃんオヤジカナーー!」