『犬耳』
「犬神!ちょっと来い!」
教室に怒号が飛ぶ。
ベッキーが放課後の校内をうろちょろと犬神を探し回り、ようやく見つけたのだ。
「先生…」
見つかってしまったかと言う表情を見せる犬神。
もとから見つかることは予定済みのようにも見えたがそれでも避けたかったようだ。
そんな表情がベッキーを余計にいらだたせた。
ずんずんと足音を立てながら犬神に迫っていく。
すぐ側に立ち止まると腕組みしてキッと見上げる。
「犬神ッ!よくも逃げたな」
「逃げただなんてとんでもないです」
しらじらしい嘘だ。
「もう逃げられないからな、ちょっと耳貸せ」
「耳ですか?」
予想外の事を言われてなんでだろうといぶかしぶりながらも腰を曲げて背を低くする。
「よし」
耳打ちでもするのかと思っていた犬神の耳に痛みが走った。
しっかりと耳をベッキーが持って、ふふんと勝ち誇った顔をしている。
「ほら、行くぞ」
機嫌を少し良くしたベッキーが耳をひっぱったまま歩き出す。
犬神はしかたなしに後を歩きにくそうに腰を曲げて頭を低くしたままついていった。
隠れていた教室を出て廊下を歩いていく。
「まったく放課後になったら、すぐ来いと言ったのになんで逃げるんだよ」
「いえ、それは…」
歯切れの悪い返事を返す。
「まあ、観念してちゃんと来るんだな、急ぐぞ」
やはり許してくれそうもない。
しかし腰を屈めた不自然な体勢ではスピードが出るわけも無く
「急ぐのなら手を離してください」
「やだ」
即答である。
「しかたありませんね。急ぐためですから」
やれやれと思い、犬神はベッキーの体を持ち上げだっこするような形にする。
「わわっ、何するんだよ」
突然の行動に真っ赤になって動揺するも意地でも耳から手を離さない。
「これなら急いで移動できますよ先生」
確かにさっきよりも格段に速くはなっている。
しかしこの体勢だと、耳から手を離せばただのだっこされている子供ではないか。
言い訳と照れ隠しのポーズで犬神の耳から手を離さずに引っ張り続ける。
「そこ右」
言わなくともわかっているのだが耳を引っ張って犬神を操縦する。
いくら放課後でも他の生徒ともすれ違う。
その度に
「だからわかってるのか、ちゃんと言う事を聞かないから罰としてこうしてるわけで…」
耳を引っ張りながらいかにも罰か何かという感じのふりをする。
その割には顔が赤いので効果があるとはとても思えない。
引っ張られたままの犬神の耳は別の意味で赤くなっていた。
「わかりました、反省してます」
その度に相槌をうつ。これで何度目だろう。
早くついて欲しいと思った。到着した場所にあるものを考えるとつきたくも無いのだが。
あの角を曲がればもうすぐたどり着く。
二人の内心にほっとしたものが浮かぶ。
「そこを曲がれバカキザ」
「バカキザ…」
「こらあ、乱暴に曲がらないでよ!振り落として部長の座を狙う気ー?!」
向こうから罵声とともに現れた人影があった
「あ」「あっ」「…」「…」
同時に声が上がり、それぞれの歩みが止まる。
止めたのは犬神の高瀬の足だけなのだが二人とも運ばれているのでそれで充分だった。
まずいものに出会ったなと思ったのか高瀬の顔にげんなりした表情が浮かぶ。
頭の上がさらにうるさくなるとすればそれも当たり前だろう。
意外な事に高瀬の予想は外れた。
上を見てみると藤宮は真っ赤な顔して威嚇しているが声は出していない。
今にも飛び掛りそうなのは予想通りだったが。
相手のベッキーは、真っ赤っかになってこちらから顔が見えないように犬神の肩に顔を埋めている。
今の恰好がうちの部長と大差ない事が恥ずかしくなったのだろう。
それに引きかえうちの部長は…。
「行きますよ」
部長は無視して進むことにした、軽く向こうの男にお互い大変だなと会釈をする。
「こらー!勝手に動くなバカ」
「足まで暴れたら落ちますよ、大人しくしてください」
相手の男も目で挨拶してきた。
首が傾いているのは、よく見るとどうやら耳を引っ張られているせいか。
痛そうだ。
こっちも部長の足がぶつかって痛かった。
「先生、もう行ってしまいましたよ、すぐ着きます」
「……」
無言のままだ。震えているのが判る。
震える理由が恥ずかしさからなのかは断定できないが。
扉を開けて目的の場所に着く
「はい、つきましたよ」
扉を閉めた。
「お前が悪いんだー!!」
いきなり爆発し犬神の耳に齧りつく。
「イタッ!イタタッ!」
さっきの抱きついた体勢のまま真っ赤な顔をして齧りついている。
噛み付くなんてまた子供な行動を…さすがに痛いこれはシャレにならない。
「先生、許してください、耳がちぎれ…る」
さすがにやり過ぎたのかと思いなおし、まだ怒りさめやらぬも口を離す。
後にはくっきりと歯形がついている。
「苦労させおって…」
歯形をみて少しは怒りを晴らせたのか声のトーンがましになっている。
「ふう…やれやれ…それで先生、目的のものは?」
「アレだよアレ」
服から手を離してベッキーの指差す方向を見ると鍋があった。
「アレですか?」
鍋から予想される量を考えて心の中でため息をつく。
「早く食べてくれよな♪」
だっこしたままなので顔の直ぐ側で言われてしまう。これは破壊力がある。
「わかりました…先生そろそろ下ろしますよ」
「やだっ、離れたら逃げるだろ」
そんな分けないのだが、離れたくないのだろう、無理に離れるのもなんだしすぐに諦めた。
抱いたまま片手で鍋に火をかけて温めなおしだす。
「今さら逃げませんよ」
シチューのようなので食器とおたまを用意する。
「信用できないな」
火を止めてっと
「ですがこの状態では食べづらいですよ」
下を向いて何か考えている。
「よし、食べさせてやる。無論全部な!」
この間途中で逃げたのが響いているようだ。
何があっても全部が目標らしい。
ベッキーはしばらく前から料理に凝りだした。
凝りだしたのはいいが、何故か亜流で創作化に目覚めたようなので味はまず保証されない。
そしてそれを食べる役目は大半が逃げ出し今やもっぱら犬神の役目になっていた。
試すように出てくる謎の食べ物。それさえなければ一緒に居るのは嫌ではなくなっていた。
犬神はあきらめて抱えたまま席に座った。ベッキーは膝の上で座り直す。
よそってからスプーンに乗せて
「ほれ、あーん」
パクッ
無言で食べていく。無論、無難に不味い。
食べ終わると次のスプーンが待っている。
にこにこ顔で食べさせていくベッキー。
ある意味地獄の時間だ。
鼻歌まじりで減っていくのを嬉しそうにしている。
膝の上で少女に食べさせてもらうのはある意味天国なのかもしれない。
しかし、天国を味わうよりもなによりも普通の水が飲みたかった。
既に口の中と喉が大変な状態になっている。
そこに最後の一口がつっこまれた。
ごくっ
やっと終わった。
意識が遠のく中で食べ終わるとそのまま机につっぷした。
「お、おい犬神…?」
背中を突っつく。反応がないので次に頬を突っつく。
「…先生…止めてください…」
いつの間にか脂汗を全身にかいていたようだ。冷えた体が急に寒気を覚えた。
さすがに異変に気づいたのか、ベッキーが慌てだした。
「おい、犬神!震えてるぞ!大丈夫か?」
膝の上で座ったまま机に倒れた犬神にオロオロして、どう考えたのか背中にぴとっとくっついてた。
「…寒いのなら…これであったまらないかな」
心は嬉しいが体は辛いままだった。
「み、水…下さい」
離れがたかったのか暫らく背中にくっついていたが、
もぞもぞと抜け出して水を汲んでくる。
「ほら、水だぞ…」
犬神は相変わらず死んだように青い顔をして机に伏せている。
さすがにやり過ぎたかな?
何か呻いている犬神の顔を上に向けさすと、水を一口含んで口移しで飲ませる。
入ってきた水をごくりと飲み込んだ。
「水はこぼれやすいからしょうがなしなんだぞ」
目を上げると、とても恥ずかしそうにもじもじしながらベッキーが立っていた。
犬神はよろよろと体を起こし額に汗を浮かべながらもスマイルを浮かべようと努め。
「助かりましたよ、先生……おかげで」
こうなったのも先生のせいですが。
「しばらく休んでいたいんですが先生はどうします?」
「そだな、あと暫らくは暇があるから仕方ない、付き合ってやるよ」
「お願いします」
「…できたら、膝の上で先生も休みませんか?」
「犬神が疲れてるんだろ…」
とか言いながらも座ってきて柔らかいお尻の感触と先生の重さが足にかかる。
「先生」
「なんだ?」
「水をもっと飲みたいと言ったらどうします」
「……ほれ」
水の入ったコップを取って犬神に渡す。
犬神は受け取るとベッキーから目を離して黙って飲んでいく。普通の水はそれでも美味しかった。
そこにちょんちょんと胸を小突かれる。
ベッキーに目線を移すと
「水が飲みたいと言ったらどうする?」
そう聞いてきた。
だから犬神はコップの水を一口含み目を瞑ってベッキーに飲ませた。
水を飲む音が顔の下から響いてくる。
顔を離してから
「先生、これからは作るときも一緒にしませんか?そうすればもっと長く居られます」
目をあけたベッキーが
「そうだな、それも悪くないかも……もう逃げるなよ」
「逃げませんよ」
「じゃ、決まりだな」
「はい」
ベッキーを抱きしめる。胸に体を預けてくる。
「先生」
「なんだ」
「喉渇いてませんか」
「ん、なんだか熱いし…す、少しは…」
顔を赤くして腕の中で答えてから見上げてくる。
「では」
犬神はそのまま唇をふさぎ驚いて逃げそうになるベッキーを強く抱きしめると、
舌を入れて唾液を注ぎ込んだ。
ベッキーは口の中に入ってくる犬神の液体で喉も胸も潤していった。
fin